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日本の自動車産業を振り返る!(2)

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(1)がこの業界に入った経緯と私の感じた「日産自動車」と「ホンダ」の心証を述べましたが、(2)では現在とは全く異なるその頃の「新車が開発される工程」を簡単に説明させて下さい。私は自動車メーカーの人間ではないので、外部から判断した開発工程で多少の間違いや内部の人には異論があるかも知れませんが容赦して下さい。

一車種のフルモデルチェンジ(FMC)は大体には四年に一回でした。車種にも寄りますがマイナーチェンジ(MC)は二年に一回で、売れ行きが予定通りにいかなかった場合に部分的なパーツを変更するようです。一車種のフルモデルチェンジの開発費として、約70〜100億円/4年間かけていたと聞いていました。これは大手三社くらいで他社はもう少し少ない筈です。我々の業界はその開発費用の中で右往左往していたのですから。

「トヨタ」と「日産」のデザインモデル(クレイモデル)は、1/4、1/2 、1/1 と進めますが、「ホンダ」は最初から1/1のクレーモデルでした。これはバイクから四輪に展開した企業だったかも? クレーモデルは外観形状だけですが中には座席シートもありました。その後 ボデー・ルーフ・フロントガラス・バンパー等の外装品をそれぞれ本物通りに実物大で作り上げるのです。内装品はインスツルメントパネル・ドア・コンソールボックス・ステアリング・チェンジレバー等のプラスチック部品も本物通りの感触で実物大で作ります。作成する数は車種やパーツにも寄りますが30〜60個。この工程で私どもの工業材料が重要で必要不可欠になってくるのです。簡易金型が必要となるのはこの段階です(まだ本金型は無い)。一車種の新車開発に必要なモールドの数は700〜900個と言われていた。

又 一車種の開発に3〜5グループ(5、6人/G)が各々別々な形状で約2年間は進めていき、最終的に一車種に決定(役員会議?)されるので幻の形状の車(内装・座席・ルーフ等付きでエンジンだけ無し)が出来ますが極秘に破棄処分されます。一車種の形状が決定すると本金型(プレス金型・プラスチック部品成形金型等)が発注され、同時に「号口試作(一次、二次)」に入り、問題点をクリヤーにして設計変更に対応していきます。もう量産目前で車種によってこの段階で世間に発表されることもあると聞いています。各自動車メーカーは大体このような新車開発工程でしたが、「ホンダ」だけはかなり異色な簡易金型を採用していたようです(又 別の機会に説明します)。「トヨタ」が威信をかけたベンツ対抗品で対米向け最高級セダン「セルシオ」(レクサス・LS400)の開発「マルFプロジェクト(1984年)」は、製作期間足掛け6年に及びました。製作したクレーモデルは約50台、試作車約450台、走行テストは350万kmに及び、その開発費は過去の最高額で将来二度と無い金額だったようです。

1999年「トヨタ」は今までの開発工程をすっかり変えるチャレンジをして成功しました。「モデルレス・試作レス」を目標にコンピューターにて「三次元のバーチャル設計?」が確立でき、大衆車「ヴィッツ」が発表されました。この「ヴィッツ」の試作は全て「トヨタの内製」行われ、全く社外には発注されなかったと聞いています。その後 他の自動車業界にも普及して、四年間に70〜100億円/一車種に潤っていた試作業界でしたが、仕事量は以前の約1/3に激減し 現在に至っております。

さて 話を現在から約35年前に戻します。1981年 私は関東を離れ出身地の中部地区に居を構えることになりました。そして「三菱自動車」「トヨタ自動車」をターゲットにビジネスを展開させました。「三菱自動車」は岡崎市に構える「乗用車技術センター」内にデザイン・試作部門があります。友人や知人を介して試作部に売り込みにいきましたが、さすがに三菱ですね!試作部で使用している工業材料の主材料はグループ会社傘下で特別に作らせていたのです。だが色々問題点があり改善したい様で、当方の工業材料のプレゼンを要求され、サンプル提出やら見積もり提出など順調にいっていました。

ある時に三菱自動車乗用車技術センターの試作部の某係長から「来月何日に部内ゴルフ大会があるから参加して欲しい!内容はこうだ。」と一枚のゴルフ大会の案内書。又「悪いが当日 私を迎えに来てくれないか?僕は車を運転しないからーーー」と。出入り業者の会費は何と5万円でした(当時のプレー代は約2万円)。しかも当日 どうして私が係長の自宅まで迎えに行かねばならないのか?未だ「三菱さん」に売り上げはありません!一応その日は某係長の顔を立てましたが。しかしいけません!数日後 知人を通して資材部を紹介され、資材課長と知人の三人で夜の食事に付き合わされ、続いて資材課長馴染みの高級クラブに行き、支払い(前の分も)まで任されました。未だ何も売り上げはありません!のに!この時点で「三菱自動車」に物を売る考えはなくなりました。

「三菱自動車」はダイヤのマークを守って三菱グループだけに車を売ればいいのです。韓国の現代自動車と組んで、現代の最高級車「グレンジャー」を日本に輸入し、「Debonair」?名で販売しようとした会社ですよ。「ダイヤ」が泣いています。これ以上話すことはありません。

 

「トヨタ自動車」は別格ですので(3)に集約します。「トヨタ」が「世界のトヨタ」であり「トヨタ」たる所以がよくわかります。

 

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